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現在の取り組み(2025年現在進行中のプロジェクト)

2019年に博士号を取得後、私はデザイン分野を中心に画像処理オペレーターとして働き、日々、画像処理業務に携わっていました。当時、業界では Jascha Sohl-Dickstein らが提唱した Diffusion Process の著しい進展と、画像処理技術の急速な民主化が絶えず話題となっていました *1。

2021年末、唐突な幻痛(受傷箇所に唐突な痛みや衝撃を感じること)体験をきっかけに、これまで蓄積してきた記録写真の修復と「編集」を始めました *2。幻痛は「身体の叫び」であり、自分自身の理性で制御する範囲を超えていました。そうして半ば身体に導かれるようにして、現行のプロジェクトが始まりました。

その目的は、被害者として声を上げることではなく、制作者として暴れ馬のようなトラウマを作品に昇華することにあります。現象としての「暴力」を、1枚1枚、記憶やかさぶたを剝がすように丹念に追求することで、暴力によって腐食された身体の行方と変容を問い続けます。このプロジェクトは恐らくライフワークとなります。

本作でいうところの(Somatic excavationとしての)「編集」とは、コラージュ手法におけるテクニカルなメタファーであり、ローカルなデータセット空間──すなわち個人データの特徴量空間にある個人データリポジトリ──内で断片化した経験や記憶を様々に統合する行為の全体を指します。このような手法は、技術の目覚ましい発展と開かれた民主化がなければ、決して実現し得ませんでした。

本シリーズ Denoise Body Experiments は、写真撮影、記録写真の潜在拡散モデル(latent diffusion model)による活用、複数の画像処理フィルタ(.py スクリプト)、そして Photoshop による編集作業、印刷出力など複数工程に依存します。

拡散モデルの理論枠組みの一つである逆拡散過程(reverse SDE: dx = [f(x,t) − g²(t)∇x log pt(x)]dt + g(t)dw)は、データを段階的に破壊しながら生成手法を逆説的に学習します。完全なノイズ状態から始め、構造を抽出しつつ徐々に信号を再構築するこのプロセスで、確率分布に基づいてサンプリングされた結果が得られます。

作家の心性に照らせば、「徐々に破壊しながら生成する」というプロトコルは、トラウマで散逸した情報としての身体を、ベイズ的推測で縫い直すことと理念的に地続きです。プロジェクトの開始当初は粗治療的解剖に近い手法でしたが、試行錯誤によって創造的アプローチを工学的手法へ障壁なく繋げました。拡散モデルが、人間が意味ある構造として知覚するパターンを確率分布に従って抽出するのと同様に、本作は負傷後に断片化した身体から新たな全体性を生み出します。このような「編集」は、私たちが生きる物理空間ではほとんど不可能でした。

このような、潜在拡散モデルやその他の画像処理手法による画像群の析出や断片化は、「ノイズとしての身体を、ひと粒のノイズとして 潜在空間(latent space) に投げ込む」という制作者の姿勢に呼応します。この方法により、複数の時間状態を一つの視覚平面に統合し、デジタル空間上で「編集」することが可能となりました。感性と工学的手法は矛盾なく調和します。コラージュという手法は、自然と社会を操作する技術的メタファーでもあります。本作はこの「編集過程」に積極的に身体を差し出し、そして差し戻します。そうすると、拡散プロセスの彼方から戻ってくるのはコード化された身体であり、同じモデルの身体であっても、それは既に別軸の体幹によって支えられてしまっています。本作はそうした身体と対話します。その意味でこのプロジェクトは、ある種の返信待ちのようなものでもあり、そこには祈りにも近い響きがあります。

記録写真や撮影資料の活用においては、約1,000枚の個人的記録写真からローカルデータセットを構築し、潜在拡散モデルの学習データとしました。モデルは標準的な PyTorch フレームワーク上に実装し、U-Net アーキテクチャを用いて拡散過程の平均 μθ またはノイズ ϵθ を推定しています。画像処理には主に OpenCV 製バッチフィルタを使用し、色調整・ぼかし・シャープネス処理などを行っています *3。計算処理の最適化には NumPy を利用しました。全工程をコマンドラインインターフェース(CLI)で進め、即興的なコーディングを実践しています。これは詩作に似ており、効率やコードの洗練よりも、試行錯誤に基づく創造性に面白さがあります。それはあたかも版画を刷り、版木からめくるあの瞬間に似ています。

これらの工程で写真ベースが完成すると、ジクレー版画としてプリントし、手彩色(染料インク)とドローイングを施して額装します。制作後、ローカルデータセットは破棄します。

Note 1
[1] Sohl-Dickstein, J., Weiss, E. A., Maheswaranathan, N., & Ganguli, S. (2015). Deep unsupervised learning using nonequilibrium thermodynamics. International Conference on Machine Learning.
[2] Song, Y., Sohl-Dickstein, J., Kingma, D. P., Kumar, A., Ermon, S., & Poole, B. (2021). Score-Based Generative Modeling through Stochastic Differential Equations. ICLR.
両論文は 2024 年 8 月 11 日に Google Scholar から取得。

Note 2
2021年に生じたこの幻痛は、幼少期から思春期にかけての暴力体験(存在しなかったことにしていた)に起因する極めて身体的な反応で、自らの意思では制御できず驚かされました。この体験が、トラウマの美的昇華という具体的な創作目的をもたらしました。

 

Note 3
フィルタ処理の進行状況を可視化するため、.py スクリプトでは tqdm ライブラリを用いて待ち時間をトラッキングしました。

私たちは、本プロジェクトを通して、常にコラボレーションや共同制作、共同研究の機会を模索しています。
​本プロジェクトに御興味のあるアーティスト、モデル、研究者、企業の皆様のお問い合わせをいつでもお待ちしております。

国内からのコラボレーション依頼は、下記からもお問い合わせを受け付けております。
自立支援課窓口(国内・国際共通)
selfreliance.arts(アットマーク)gmail.com
責任者:梶谷 令 Ryo Kajitani
秘書室:山吹 泉 Izumi Yamabuki

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